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2007年 03月 05日

ウイグルの中のキルギス

秋野深・新疆ウイグル紀行-タクラマカンの砂・パミールの空-」より:

自治区の中の自治州
 私がクチャを発って一気にカシュガルへと向かわず、アトシュで列車を下りたのには訳がある。それは、新疆ウイグル自治区の中の「自治州」を訪れてみたかったからだ。

 中国には現在5つの自治区がある。内蒙古自治区、寧夏回族自治区、広西チワン族自治区、チベット自治区、そして新疆ウイグル自治区。…
 そして、さらにこの新疆ウイグル自治区の中には、昌吉回族自治州、ブルタラ・モンゴル自治州、バインゴルン・モンゴル自治州、クズルス・キルギス自治州、イリ・カザフ自治州という自治州が存在する。

 私がクチャの次に訪れたアトシュという街は、クズルス・キルギス自治州の中心都市である。そしてかつてはソ連の一部だったキルギスタン共和国が、そのアトシュからは目と鼻の先の距離にあって、クズルス・キルギス自治州とキルギスタン共和国は、国境線で接している。…

 …クズルス・キルギス自治州の民族構成については、キルギス族が約30%、ウイグル族が60%強、漢民族が約5%となっている。ちなみにアトシュでは、キルギス族が約13%、ウイグル族が約80%、漢民族が約7%。
 ウイグル自治区の他の地域に比べれば、キルギス人口比率は圧倒的に高いのだけれど、言うまでもなく、クズルス・キルギス自治州の中ですら、キルギス族は多数派ではないのである。…

 つまり、「○○族の自治区あるいは自治州」という名称を目にした時に、その○○族がそのエリアで多数派であり、そこにはその民族固有の文化を守る環境がある、と考えるのは、場合によっては実に現実離れした偏見に過ぎないかもしれない、ということだ。

「自治」PR
 民族構成比がどうあれ、多民族国家が自治エリアを設けることは、少なくとも対外的には大きな意味を持つものなのだと思う。国家としては対外的に、実情はともかく、少数民族が住むエリアで民主主義が実践されていること、さらには民族自決の下で少数民族が各自の伝統を保持していることを示す必要があるだろう。…

 …郊外のモスクへ向かう道を尋ねたことがきっかけで、私は偶然にも2人のキルギス族の高校生に街を案内してもらうことになった。
 2人は私がこの旅で出会う、初めてのキルギス族だった。

少数の中の少数
 アトシュの街を案内してくれることになった2人のキルギス族というのは、高校生の女の子だった。2人の名は、グルマンブとアイジャルクン。…

「中国の少数民族、ウイグル族」と紹介されることの多いウイグル族も新疆の中では少数派なわけではない。ウイグル族は少数民族、というのは中国という国家の枠で捉えた場合の話で、個々人が日常生活の中でどれほどマイノリティ意識を持って生きているのか、ということとは別の次元の話だ。…

 私がクズルス・キルギス自治州のアトシュを訪れてみたいと思ったのは、少数派の中の少数派であるキルギス族の人々に、この新疆のことを聞いてみたかったからでもある。

 …アトシュの街を歩きながら2人は私にいろいろなことを話してくれた。
 キルギス語のこと。目と鼻の先にありながら国境で隔てられている旧ソ連のキルギス共和国のこと。そして彼女達から見たこの新疆ウイグル自治区やウイグル族のこと……。
 その全てが、これまでの旅の中では一度として耳にすることのなかった話ばかりだった。

キルギス語とウイグル語
 …私がこれまでの旅の中で覚えてきたウイグル語など、もちろんスムーズに会話をするのに役に立つというレベルではない。…きっと私たちの会話を続けさせてくれたものは、彼女たちが持っている「コミュニケーションをとろう」という強い意思だったのだと思う。…

 キルギス語は、ウイグル語と同じトュルク系(トルコ系)の言語で、トルコ語、ウズベク語、カザフ語などとも同系統であるため類似点が多い。…
 この新疆ウイグル自治区においては、漢民族を除く各民族間では、ウイグル語が共通語のように使われている。つまり、キルギス族もカザフ族もその他の少数民族も、ウイグル族と話す時にはウイグル語を使うことになる。
 それでは、同じトュルク系(トルコ系)の言語であるキルギス語とウイグル語はどれくらい似通っているのか……。…

 グルマンブとアイジャルクンの説明によると、ほんの一部、単語が違ったり、発音が少しだけ違う部分があったりするだけで、キルギス族がウイグル語を使いこなすのには全くと言っていいほど苦労することはないという。
 文字についても、新疆ウイグル自治区のキルギス族の間では、ウイグル語と同様にアラビア文字を転用した文字が使われていて、ウイグル語で使われる文字と「ほとんど同じ」だという。…
 あえてその違いを日本語の平仮名に例えて説明するならば、いくつかの文字だけは、点(、)の有無や、点や線の位置の違いがある、といった感じだ。
 言葉にせよ文字にせよ、わずかに違う部分を覚えさえすればよいだけなので、ウイグル族に接する時だけウイグル族に言葉を合わせることはキルギス族にとっては問題ないということのようだ。

 「でも、ウイグル族はウイグル語とキルギス語の細かい違いは多分わからないと思う」
 グルマンブがそうつぶやくと、隣でアイジャルクンがうなずく。
 「ウイグル族の人がキルギス語を話すことはないの?」
 私が尋ねてみると、2人は「ない、ない」と苦笑いしながら、首を横に振った。

 考えても見れば、ウイグル語を話す漢民族はまずいない。いたとしても極めて例外的で、私が簡単な挨拶レベルのウイグル語を話した時のウイグル族の人々の反応からもそれがよくわかる。…
 そして、ウイグル族とキルギス族の関係を見てみると……、キルギス語とウイグル語の微妙な違いがわかるウイグル族などまずいない……。

 このことは、単なる言語事情だけでなく、新疆ウイグル自治区における各民族の立場や関係というものを、ある意味で如実に表わしてもいるのである。

立ち位置と視点
 新疆ウイグル自治区において、近年になって漢民族の人口が増加する前までは、当然のことながらウイグル族の人口比率は今よりも高いものだった。つまり自治区内に限れば、ウイグル族は"多数派"であり、ウイグル族以外の少数民族が街へ出ていけば、必然的にウイグル語を話さなければいけない環境に囲まれていたことになる。
 そして漢民族人口が増加してきた昨今、ウイグル族を含む少数民族の人々は、都会へ出て会社で働いたり、商売をしたりする以上、中国語を操ることが要求される。
 その結果、必然的に、都会で暮らす少数民族は中国語の習熟度が高く、一方で同じ民族だけで暮らしている農村などでは、中国語が全くと言っていいほど話せない人々が多い、という状況が生まれてしまっている。

 言語環境が象徴しているそんな民族間の立場の違いは、高校生のグルマンブとアイジャルクンの会話にも表われていた。…
 彼女たちは、少なくともウイグル族に対してはあまり良い印象は持っていない、というのだ。
 キルギス族の立場からすれば、漢民族が近年増加してきたという事実はともかく、それ以前に、ウイグル族が自分たちの目の前にいる多数派の民族だったということになる。別の言い方をすれば、キルギス族の少数派意識は、ある意味ではウイグル族に対して形成されてきたものだということにもなるのかもしれない。ちょうどウイグル族の少数派意識が漢民族に対してのものであるように。

 「漢民族が増えてきて何か変わった?」
 私のそんな質問に、グルマンブはしばらく「うーん」と言って考えた後、
 「ウイグル族が前よりおとなしくなった…かな?」…

 2人のキルギス族の高校生とアトシュの街をゆっくりと歩きながら、私はこの新疆ウイグル自治区における民族関係の複雑さというものを実感せずにはいられなかった。…

 実態は1つかもしれないけれど、結局どの立ち位置で、どの方向を、どんな立場で見ているのか……、そしてどの方向は見ていないのか。それによって実態の認識はいくらでも違ってくる。…

中国語と人民意識
 …しかし、考えてもみれば彼らの置かれた環境は大変だと思う。
アラビア語の転用文字を用いるトルコ系の言語、右から左に読み書きする言語に囲まれて育ってきた人々が、小学校に入学して初めて文字も文法もまるで違う中国語を学び始めるのである。しかもそれは外国語としてではなく、自国語として身につけていかなくてはならない。どれほど民族意識が高く、自分たちはトルコ系のウイグル族なのだ、キルギス族なのだ、という意識を持っていても、どの国の国民なのか、と問われれば、やはり中国の人民ということになる。…

 私がアトシュで出会った高校生のグルマンブとアイジャルクンも、中国語の勉強には力を入れているのだという。
 私が英語の勉強についても彼女たちに尋ねてみると、
 「英語なんてとてもとても。中国語だけでも大変なんだから・・・」…

 私は、中国語の習得についての質問を様々な人にしたのだが、こんなニュアンスの答えが返ってくることも少なくなかった。
 「中国語はわかるかって? 当たり前だよ。私は漢民族ではないけど中国人なんだから」

 民族意識の中でどんな形で並存しているものなのかはわからないけれど、そこに教育で育まれた"人民意識"のようなものを感じることが度々あったのも、私の偽らざる印象である。

民族の国、民族の言葉
 アトシュの街から目と鼻の先にある国境を越えれば、そこはキルギス共和国。その距離はわずか100キロあまり。
 キルギス族という民族は、主にこの新疆ウイグル自治区の天山山脈西部からパミール高原にかけてのエリア、そしてキルギス共和国に暮らしている。…
 アトシュから十分に日帰りで行き来できる距離にあるキルギス共和国だが、その間の国境線が隔てているものは大きい。

 …2人[の高校生]はまだ、キルギス共和国へ行ったことはないと言う。経済的、政治的な理由など、事情は様々だが、新疆で暮らすキルギス族の人が決して自由にキルギス共和国を往来できるわけではないというのが実情だ。
 …キルギス共和国の話をする時は、ことさら楽しそうだったのが強く印象に残っている。やはり、一番行ってみたい外国はキルギス共和国なのだと言う。
「キルギス共和国はどんな国だと思う?」
 私のそんな問いに、2人は
「緑の草原がたくさんあって、とてもきれいで …… キルギス族がたくさんいて……」
と答えながら、楽しそうに想像を膨らませているようだった。

 そんな…様子からは、何よりも、「自分たちの民族が国を作っている」ということに対する大きな憧れのようなものが感じられた。
 中国という国家の中での漢民族に対するマイノリティ意識。そして新疆ウイグル自治区内でのウイグル族に対するマイノリティ意識。それらを"無意識"のうちに携えて生きていて、さらに日常の様々な場面でもそれを実感させられる環境にいる人々にとって、その感覚を持たずに生きていける場所は、理想郷のように感じられるのかもしれない。

 もっとも、キルギス共和国もキルギス族のみで構成されているわけではない。キルギス族の人口比率は50%強であり、ロシア人が20%以上、ウズベク族が10%を占める多民族国家である。しかし、…自分と同じ民族が多数派となって国家が成立しているという事実は、ある意味ひっそりと生きる新疆のキルギス族の人々にとって、誇りでもあり、精神的な支えでもあるようだった。

 しかし、国境という行政区分の境界線が、民族に与えている影響は決して小さなものではない。現に、長い間、その国境の向こう側ではソ連時代からロシア化が進められ、国境の手前では漢民族化が進められてきたのである。
 国家政策の強化や、経済的理由による他民族への同化が進めば進むほど、民族意識が強くなる傾向はあるかもしれないけれど、実際の生活はそれぞれ違う方向へ変わっていく。
 国境を越えて民族の精神的な一体感を堅持することは、やはり容易なことではないようにも思われる。

 言語事情はそれを象徴している例と言えるかもしれない。
 キルギス共和国のキルギス族も、新疆ウイグル自治区のキルギス族も、当然民族内ではキルギス語を使っている。様々な方言があるので全く同じではないものの、グルマンブもアイジャルクンも、「たぶんキルギス共和国のキルギス族とは会話なら普通にできると思う」と言う。しかし、文字がまるで違うのである。
 キルギス共和国では、ロシア語の影響で、キルギス語表記はキリル文字(ロシア語で使う文字)で行われている。一方、新疆ではキルギス語は、アラビア語の転用文字を使用している。
「だから私たちがキルギス共和国に行っても、残念だけど、読み書きは全然わからない」
 グルマンブがそう言うと、隣でアイジャルクンが口を「へ」の字に結んでうなずく。…

カシュガルへ
 クズルス・キルギス自治州のアトシュを後にして、私はカシュガルへと向かう。中国の最西端に位置する都市カシュガルは、アトシュから40キロほどしか離れていないが、クズルス・キルギス自治州ではなくカシュガル地区という行政区分に属している。…
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by satotak | 2007-03-05 16:03 | キルギス


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