テュルク&モンゴル

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2006年 06月 30日

モンゴル系かテュルク(トルコ)系か

「モンゴルの歴史」(刀水書房 2002)の中で著者の宮脇淳子は次のように書いている。

「モンゴル高原ではじめて遊牧騎馬民の政治連合体、つまり遊牧帝国をつくった匈奴は、モンゴル系だったか、トルコ系だったか、という議論が、かつてわが国の東洋史学界で話題になった。いまでも一般書では、…モンゴル高原で興亡を繰り返した遊牧騎馬民について、モンゴル系かトルコ系か、とりあえず決めて叙述する。しかし、この命題には、重大な欠陥がいくつも存在する。
まず第一に、その系統が、人種のことを指しているのか、言語のことを指しているのか、はっきりしないことである。
第二に、モンゴルもトルコも、匈奴よりも後世に誕生した遊牧騎馬民の名称である。かれらより古い時代の遊牧民が、どちらに属していたか、どうして決められるだろう。

どちらかに決めようとしている人たちにとって、分類の基準は、人種の場合だと、形質学的特徴が、現在のモンゴル民族とトルコ民族のどちらにより近いか、ということになる。ところが、人種の区分でいえば、現在トルコ系に分類される人びとは、…大なり小なり、モンゴロイドとコーカソイドの混血である。古い時代に中央ユーラシアにいたコー力ソイドが西方と南方に移住し、そのあとでモンゴロイドの遊牧騎馬民が広がったと単純に考えると、西にいくほどコー力ソイドの血統が強く残っていることになる。一方、モンゴロイドという名称のもとになったモンゴル民族も、現代に至るまで、中央ユーラシアのさまざまな人種と混血してきたのだ。古代の遊牧民を、モンゴル系かトルコ系かに分類するなどということは不可能だ。

言語の系統の場合でも、分類の基準は、現代モンゴル語と現代トルコ語のどちらにより近いか、ということにすぎないのだが、中央ユーラシアに住む人びとの言語を、モンゴル系とトルコ系に分類したのは、十九世紀のヨーロッパの比較言語学者たちで、その研究の動機は、インド・ヨーロッパ語族に属する言語と区別するためだった。
わずかな単語が漢字に音訳されて残っているだけの匈奴のことばから、モンゴル系かトルコ系かを判断することはできない。十三世紀にモンゴル語が誕生した当時、今のようなトルコ語が存在したわけではない。長い歴史的経緯をへて、二つの系統に分かれたのだ。また、言語は生まれた後で習得するものだから、もともと人種とは関係がない。

そういうわけであるから、モンゴル高原で最初の遊牧帝国をつくった匈奴は、文化的にはまちがいなく、のちのモンゴル帝国の祖といえるが、血統がそのまま後世に伝わったとは考えにくい。…匈奴は、南方へ、あるいは西方へと何度も移住をしているし、そもそも遊牧帝国の支配集団と、被支配集団が、同じ人種だったとは限らないのである。」

この文章の中では、「民」・「人種」・「集団」と「民族」という用語を注意深く区別しているようであり、民族を考える上での示唆となる。
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by satotak | 2006-06-30 01:06 | 民族・国家


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