2006年 06月 30日

「民族」という用語

「中央アジアの歴史・社会・文化」(放送大学教育振興会 2004)の中で間野英二は言う。

「「中央アジアはさまざまな民族のるつぼである」と,よくいわれる。事実,現在,中央アジアにはウズべク,カザフ,キルギス,トルクメン,ウイグルなど,テュルク系の言語を使用する人々(テュルク系民族)や,…。
といっても,民族という言葉にはいろいろなニュアンスがある。…

民族という言葉ですぐ思い出されるのは,19 世紀のヨーロッパにおける民族主義(ナショナリズム)や民族自決などという場合の民族である。この場合,この民族という言葉には国家や民族への帰属意識アイデンティティーの問題が関係してくる。しかし,前近代の中央アジアにはこのような19 世紀のヨーロッパ的な民族は存在しなかった。もっとも,20 世紀になると,中央アジアでもこのような意味での「民族」が「創出」されたと考えられている。例えば,「ウズベク共和国のウズべク民族は,1924 年,ソ連によって創出され,その結果この国ではウズべクの民族文化やウズベクの民族主義など,近代のヨーロッパと共通する問題が論議された」などという場合の民族は,明らかに19 世紀のヨーロッパ的な民族である。しかし,この文章の「創出」という言葉にも込められているように,民族意識を持ったウズべク民族が,ソ連によるその「創出」以前に実際にどれほど存在したかなど,なお解明すべき問題はあまりにも多いのである。…

本書で一般的に使われる民族という言葉は,19 世紀のヨーロッパ的な民族の意味ではなく,別の意味で使われる。…例えば,中央アジア史を語る際に,「中央アジアのテュルク(トルコ)民族」とか「テュルク(トルコ)民族史」という表現をよく使う。しかしこの場合,この「テュルク民族」に,同じ民族としての共通の民族意識,帰属意識があったという証拠は全くない。また,これらの「テュルク民族」が「中央アジア」という地理的概念を知っていて,彼らがその中央アジアへの帰属意識を持っていたという証拠もない。…彼らの間にあった帰属意識は,同じオアシスの出身者としての同郷意識とか,同じ部族の出身者としての部族意識,チャガタィ語など同じ言語への帰属意識,さらに同じイスラーム教徒としてのイスラーム世界への帰属意識などに過ぎなかった。

それでも,私たちは「中央アジアのテュルク民族」という言葉を使用する。しかしこの言葉は,テュルク民族の民族としての意識(民族意識)などとは関係なく,中央アジアの外部にいる私たちが,中央アジアで「テュルク語系の言語を使用し,その言語によって文化活動を行ってきた人々 」を指して使用する便宜的な言葉に過ぎない。つまり民族という言葉を,言語を中心とする,広い意味での文化を共有する人々 を指して用いるのである。
もっとも,ここでもうーつ確認しておきたいことがある。それは中央アジアがバイリンガルの世界であるということである。例えば,中央アジアにはテュルク語とペルシア語,テュルク語と中国語,…系統の異なる2 系統の言語を日常的に並行的に使用している人々 が多い。そのような人々 を,使用する言語を基準にして,いったい何民族と呼ぶべきであろうか。あるいは,このような人々 の「母国語」とはいったいどの言葉なのであろうか。
そのように考えると,中央アジア史を語る際の「民族」の問題の難しさが改めて浮かび上がってくるのである。

ただし,本書では,このような問題があることは承知の上で,民族という言葉を,単純に,同一の共通する言語を使用する人々,そしてその言語を使用して形成された文化を共有する人々 を指すことにしたい。テュルク民族といえばテュルク語系の諸言語を使用し,それらの言語を用いて文化活動を行う人々 を,そしてカザフ民族といえばカザフ語というテュルク語の一方言を話し,この方言を使って文化活動を行う人々 を指す。そして,この場合,カザフ民族という民族の形成期を,カザフ語という,他のテュルク諸語とは区別される一方言の成立期に求めるのである。

なお,民族という言葉とともに人種という言葉がある。この言葉は,身長や頭の形,皮膚の色や毛髪,それに目の色など生物学的な特徴によって人類を分類する場合に用いられる。中央アジアは,はじめアーリア民族,すなわちアーリア語(インド・ヨーロッパ語)を使用する,おそらくは白色人種(コーカソイド)の世界であったが,そこに,9 ~10 世紀ごろからアルタイ系言語(テュルク語やモンゴル語,満州語)を使う黄色人種(モンゴロイド)が進出した。そして長年にわたる両者の混血の結果,今日の中央アジアはさまざまな人種的特徴を持つ人々が住む世界となっている。つまり,中央アジアは「民族のるつぼ」であるばかりでなく,また「人種のるつぼ」ともいえるのである。」

現在の民族問題を議論するときに、安易に歴史上の民族と結び付けるべきではない...ということか。
ウイグルにしても、モンゴルにしても...

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# by satotak | 2006-06-30 01:07 | 民族・国家
2006年 06月 30日

モンゴル系かテュルク(トルコ)系か

「モンゴルの歴史」(刀水書房 2002)の中で著者の宮脇淳子は次のように書いている。

「モンゴル高原ではじめて遊牧騎馬民の政治連合体、つまり遊牧帝国をつくった匈奴は、モンゴル系だったか、トルコ系だったか、という議論が、かつてわが国の東洋史学界で話題になった。いまでも一般書では、…モンゴル高原で興亡を繰り返した遊牧騎馬民について、モンゴル系かトルコ系か、とりあえず決めて叙述する。しかし、この命題には、重大な欠陥がいくつも存在する。
まず第一に、その系統が、人種のことを指しているのか、言語のことを指しているのか、はっきりしないことである。
第二に、モンゴルもトルコも、匈奴よりも後世に誕生した遊牧騎馬民の名称である。かれらより古い時代の遊牧民が、どちらに属していたか、どうして決められるだろう。

どちらかに決めようとしている人たちにとって、分類の基準は、人種の場合だと、形質学的特徴が、現在のモンゴル民族とトルコ民族のどちらにより近いか、ということになる。ところが、人種の区分でいえば、現在トルコ系に分類される人びとは、…大なり小なり、モンゴロイドとコーカソイドの混血である。古い時代に中央ユーラシアにいたコー力ソイドが西方と南方に移住し、そのあとでモンゴロイドの遊牧騎馬民が広がったと単純に考えると、西にいくほどコー力ソイドの血統が強く残っていることになる。一方、モンゴロイドという名称のもとになったモンゴル民族も、現代に至るまで、中央ユーラシアのさまざまな人種と混血してきたのだ。古代の遊牧民を、モンゴル系かトルコ系かに分類するなどということは不可能だ。

言語の系統の場合でも、分類の基準は、現代モンゴル語と現代トルコ語のどちらにより近いか、ということにすぎないのだが、中央ユーラシアに住む人びとの言語を、モンゴル系とトルコ系に分類したのは、十九世紀のヨーロッパの比較言語学者たちで、その研究の動機は、インド・ヨーロッパ語族に属する言語と区別するためだった。
わずかな単語が漢字に音訳されて残っているだけの匈奴のことばから、モンゴル系かトルコ系かを判断することはできない。十三世紀にモンゴル語が誕生した当時、今のようなトルコ語が存在したわけではない。長い歴史的経緯をへて、二つの系統に分かれたのだ。また、言語は生まれた後で習得するものだから、もともと人種とは関係がない。

そういうわけであるから、モンゴル高原で最初の遊牧帝国をつくった匈奴は、文化的にはまちがいなく、のちのモンゴル帝国の祖といえるが、血統がそのまま後世に伝わったとは考えにくい。…匈奴は、南方へ、あるいは西方へと何度も移住をしているし、そもそも遊牧帝国の支配集団と、被支配集団が、同じ人種だったとは限らないのである。」

この文章の中では、「民」・「人種」・「集団」と「民族」という用語を注意深く区別しているようであり、民族を考える上での示唆となる。
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# by satotak | 2006-06-30 01:06 | 民族・国家
2006年 06月 30日

黒海の東部周辺 -グルジア、アルメニア、トルコ-

(産経新聞 1/24朝刊から)
ガス・パイプライン連続爆破露とグルジア関係悪化
ロシア南部で22日、グルジアとアルメニア向け天然ガス・パイプラインなど3ヵ所で連続爆破テロが発生し、両国へのロシアからのエネルギー供給が全面的に止まった。…
…連続爆破は、北カフカス全体の政治・経済の不安定化をもくろむチェチェン独立派武装勢力を含む反政府勢力のほか、グルジアに反発を強めるロシアの…
グルジアは、同国から分離独立しようとしている南オセチア自治州やアブハジア自治共和国などをロシアが支援し、…とロシアを批判。…」

グルジアのような小さい国の中で対立抗争する民族とは...?
日本には縁のないことと思っていたら、同紙1面のコラムに「沖縄では日本からの独立論が根強いらしい。...県民の4人に1人は独立すべきだと考えていた。...」とあった。「単一民族の日本」などと言って安住していると、独立を主張する沖縄人に台湾、中国が絡み大事になるかも。

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「アルメニア人虐殺」史実発言 トルコ作家の起訴取下げ
トルコの人気作家オルハン・パムク氏が、20世紀初めのオスマン・トルコ帝国末期に起きたとされる「アルメニア人虐殺」は史実だと述べて国家侮辱罪に問われた裁判で、…イスタンブールの裁判所がパムク氏に対する起訴を取り下げたと報じた。
欧州連合(EU)加盟交渉を進めるイスラム国家トルコが、…EU側の反発を回避するため政治判断を下したと見られる。…」

「トルコに民族問題は存在しない」というのがトルコ政府(国民)の公式見解のようだが、アルメニア人やクルド人についての真実は?

大相撲の黒海からとんだ脱線をしてしまった。
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# by satotak | 2006-06-30 01:05 | 民族紛争
2006年 06月 30日

朝青龍、琴欧州、そして黒海は?

今年の初場所は久しぶりに日本人力士が優勝したが、外国人力士の活躍が目覚しい。
中でも…
朝青龍…言うまでもなくモンゴル人

琴欧州…ブルガリア人。ブルガリアは彼のしこ名のとおり欧州に含まれるが、14世紀末から長い間オスマントルコの支配下にあった。これはイスタンブルがオスマントルコ領になったよりも古い。
そもそも「ブルガリア」は「ブルガール」から派生したもののようだが、ブルガール人はテュルク系遊牧民族で、7世紀後半にドナウ川下流域にブルガリア帝国を建てたという。
琴欧州にもテュルクの血が?

黒海…はグルジアの人。グルジアは黒海を挟んでブルガリアと東西に対峙している小さい国だが、民族的には複雑。彼の一家も民族対立から起こった内戦で苦労した。
13-14世紀にはタタール、チムールが侵攻、16世紀以降はオスマントルコの支配を受ける。北にロシア、西にペルシャが控え、その支配は安定しなかったようだが…
黒海にもテュルク/モンゴルの血が流れている可能性は?

国際化した大相撲を見るとき、民族を想うのも面白い。
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# by satotak | 2006-06-30 01:04 | 相撲
2006年 06月 30日

民族:自分の関心は…

モンゴルに何が?
学校では試験の対象でしかなかった世界史に、主体的(?)関心を持ったのは社会人になってから。
断続的にあれこれ読み、聞き、そして見てきて、特に興味を覚えたのが民族移動と民族の起源。
・ 秦、漢を震撼させた匈奴
・ ゲルマン民族大移動の原因となったフン族
・ モンゴル帝国を築いたチンギスハーン
・ そして、さまざまな民族が東から西へ、北から南に動いていった
これらはいずれも元を辿れば、北(東)アジア、バイカル湖の南、現在のモンゴル国から起こったらしい。一体そこには何があったのか。民族が湧き出る不思議な泉でも…

テュルクとモンゴル
民族に関して、「テュルク(チュルク、トルコ)系」と「モンゴル系」という用語がよく出てくる。テュルク系とモンゴル系を分けるものは何なのか?
テュルク系はイスラム教を受容したもの、モンゴル系はチベット仏教、と単純に理解しようと思ったが、そうもいかないようだ。「匈奴はテュルク系か、モンゴル系か」といった議論があるが、匈奴が活躍するのはイスラム教成立以前のこと。

東トルキスタン独立運動と民族自決
中華人民共和国に含まれるとされている東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)では、民族自決を標榜した独立運動が根強く続いているという。
その中心はウイグル族…しかし彼らが己を「ウイグル族」と自覚したのは19世紀以降のことらしい。
現在の国際政治の中で、民族、民族自決、さらには国家(国民国家)の持つ意味は?そしてそれは永久不変の真理なのか?
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# by satotak | 2006-06-30 01:03 | 民族・国家
2006年 06月 30日

iPowerWebに申込む

(1/16) レンタルサーバとして、iPowerWebに申込む。使用料95.4USD/年。
・ クレジットカードと身分証明書のコピーをFaxで送れとの連絡があり、BiglobeメールのFax送信サービスで送る。
・ iPowerWebにしたのは、以前トルコにいる友人からHPの作り方について相談を受けたが、彼が使っていたのがiPowerWebだったから。それに調べてみると有力サービスでもあるようだ。

(1/17) Invoice(請求明細)は届くが、セットアップ情報が来ない。

(1/18) 未だ セットアップ情報が来ない??...と思ったが、調べてみると何故か「迷惑メール」ホルダ」に入っていた。ともかく一安心!
・ ディレクトリとメールアカウントの設定、仮トップページの作成は簡単にできた。
・ ブログツール(WordPress)も備わっているが、使い方を調べるのが億劫。ブログは暫時Exciteを使うことにする。

(1/19) サブドメインを申込む。これが有効になるのは24~48時間後とのこと。

(1/20) サブドメインが有効になる。
 ・「テュルク&モンゴル」サイトのアドレスは: http://ethnos.takoffc.info
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# by satotak | 2006-06-30 01:02 | サイト運営
2006年 06月 30日

Webサイトを準備中

「テュルク&モンゴル」と称して、「民族」をテーマにWebサイトの準備を始めた。
民族とは何か。
民族はどこから起こり、どこに行くのか。
そして国家との関係は?
これらについてテュルク系民族とモンゴル系民族を中心に見ていく。

これまで長い間疑問に思っていたこと、そして最近の民族問題などについても自分なりに整理してみたい。

このブログではまずは当サイトの準備状況を記録していく。テーマとは直接関係ないが…
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# by satotak | 2006-06-30 01:01 | サイト運営